どこかの世界でどこかの世界から・・・
「貴方に何を伝えたくて、私が手紙と同封されたか分かる?」
NSWと名付けられたそれは、開封した人物にそう問うた。
しかし、その声は勿論、誰にも聞こえず、届かなかった。
カチワは、その切手を大学に持っていく事にした。
送られて来た手紙の内容と同封されていた切手を照らし合わせると、次の授業の課題にそっくりそのまま利用できると思ったからだ。
そっと筆箱に忍ばせ、その他の荷物をまとめて家を出て大学へと向かう。
「おはようございます、スエケ先生!」
「おはよう、カチワ君。今日も元気ですね。」
ゼミ室への戸を開き、開口一番に元気の良い挨拶をする。
中ではスエケ教授が、笑顔でそれを迎えた。
「先生、今日これから始まる講義、この間話してくれた通りの内容で実施するんですか?」
「そのつもりですよ。」
カチワは、よっしゃ、とガッツポーズをしてから、
「では、今日から講義で宜しくお願いします!失礼します。」
そう言って、次の授業が始まる教室へと走っていった。
その切手が役立ちそうな課題とは、先程話をしたスエケ教授がこれから開講する授業内容にあった。
「先生が用意した多くの異国の切手の中から、生徒各自で気に入った一枚を選び抜いてもらい、その切手について物語をひとつ、
この後期全部の授業時間を使って書き上げてもらう、と言った内容を予定している。」
スエケ教授はそう言っていたのだ。
この「教授の講義予報」は、100%的中せずとも、まぁ98%は当たる。
そして、そんな講義予報を聞いてこれから正しくその授業に出ようとする直前に、
どこからともなく降って湧いた様に現れたあの、差出人不明の一通の手紙。
今度の単位も頂いたも同然だと、カチワは一人ニヤけた。
これは余談なのだが、講義の予定という情報を教授から入手する事は、一般生徒にとってそれはそれは困難な事で、
講義に関するそれ以上においしいネタなんかめったに無い。
ところが、大変成績優秀で大学内全ての教授と仲が良いカチワには、
次に受けようと考えている講義内容を教授達からそれとなく聞き出す事等朝飯前なのであった。
晴れ晴れとした秋空が広がる後期、第一回目の授業は、長い夏休みでそれまでだらけ切っていた身が引き締まって良い。
カチワは教室に着くと、早速この授業を一緒に受講する筈の友達を目で探した。
しかし、その友達はまだ来ていない様だったので、適当な席に着いて到着を待った。
「カチワ、待たせてごめん。」
友達が来たのは、講義が始まりスエケ教授が前でガイダンスを始めた直後だった。
「おー、おはよー。」
「で、この授業何するの?先生もう内容説明しちゃった?」
「ううん、これから。何するんだろうね?」
「教授の講義予報」は、第三者に決して漏らしてはいけない。
それは、カチワと教授達との間では絶対で、暗黙のルールだった。
スエケ教授は、そんな二人に構う様子も無く、広い教室内に犇く生徒達に向けガイダンスを続けた。
「まず、切手を何枚でもいいので、気に入った物をその中から選んで取って下さい。」
そう言って、教授は沢山の切手が入ったクリアケースをいくつか用意し、生徒のテーブルに置いて回覧する様に指示した。
ケースに入った大量の切手が、やがてカチワ達のテーブルにも運ばれてきた。
「うわー。一杯あるなぁ、カチワ!どれにしよう?」
隣に座る友達、ドクは、カチワには目もくれず、好きな柄を探すため切手漁りに夢中だった。
カチワはこの時を待っていたと言わんばかりに、筆箱の中から例の切手をつまみ上げた。
それを隙あらば先生の回した切手の中に混ぜ、あたかも自分のお気に入りを探し当てたかの様に見せかけようと言う算段だった。
これだけ多くの枚数があるのだから、教授も全ての切手の柄など覚えてはいまい、と目の前の切手の山を見ながらカチワは確信した。
もし、成功したとすれば、
果たして一体誰がそれを差出人不明の封筒に手紙と同封されていた物をカチワがここへ持って来たと見破る事ができるだろうか?
そして、
「これなんかど・・・あっ。」
作戦は失敗した。
例の切手はあっけなく手から滑り落ち、他の切手と混ざってしまった。
「えぇ、どれどれ?あ、コレいいな。」
そして、その例の切手は、隣のドクの手にすんなり渡ってしまった。
「うん、これに決めた。この一枚でいいや。カチワは?いいの見つけた?」
口をポカンと開けているカチワをドクは不思議そうに見ながら聞いた。
「・・・あー・・・じゃあ、コレにしようかな。」
その切手を返せ、とはまさか言える筈も無く、
カチワは全く予想外の事態に慌てふためく自分をドクに悟られまいと、適当に手元にあった切手を手に取った。
「にしても、面白いよね、切手から連想して物語書くなんて。私、この授業取って正解だった。」
ドクはカチワの心中など知る由も無く、手に取った例の切手を眺め呟いていた。
「オーストラリアの切手だ、そう書いてある。岩の上にとまった鳥の色彩が、バックの黄色に映えるねー。
使用済みの証の押印は・・・SNW?そこしか読めないや。」
「違う。」
思わず、カチワはドクにそう言ってしまった。
「?・・・何が??」
「なっ、何でも無い。ただ、ほらその、岩?それって岩じゃなくて動物か何かの骨にも見えない?」
「んー?あぁ、見える見える!成る程ねー。これを岩と見るか、骨と見るかで私の作る物語の展開が大きく変わる!」
胸の裡でカチワは、ドクがもう頭の中で物語を組み立て始めているのを悲しんだ。
そして、その切手を他の切手の中に落としてしまった事を激しく後悔した。
何故なら、その切手にはもう、名前も、物語もあるのだ。
例えそれが、作り話にしろ真実にしろ、それには悲痛な叫びが込めらているのだ。
何処の誰だか知らないけれど、その全てを記した手紙と共に、それを同封して送って来たのだ。
その話をそのまま、物語に、この課題に、当てようと・・・思っていたのに。
ドクはよほどそれを気に入ったらしい、まだ眺めっきりだ。
こうなってしまってはどうしようも無い、カチワは腹を決めた。
「よし!ウチも書くぞ!確かに切手で物語書くって面白いよな!」
諦めて、新しい物語を書くのに専念する事を決めた。
こう言う事は尾を引く事無く、即座に決めるのがコツなのだと自分に言い聞かせて。
「だよなぁ!あ、カチワの切手も物語作り易そう!」
「そう、これは多分〜〜〜」
そうして、大学でのそんなスエケ教授開講の第一回目の授業は終わり、帰宅した。