「それじゃあ、集合時間まで自由行動ね!解散!」

 

再会

 

「自由行動と言われてもな…」

 

武器も防具もまだ買いかえる必要はない。道具も十分に足りている。

この町で特にすることも見つからなかったジューダスは、目的もなく市場を歩いていた。

比較的小さい町にしては市場は大きく、客を呼び込む声や多くの買い物客でかなり活気付いている。

 

『坊ちゃんの服、こういう場所だと浮きますね』

 

マントに隠されるようにして背に差してある剣――シャルティエが再確認するように呟いた。

 

「人のいる場所では話しかけるな」

 

周りの人間に聞こえないよう極力声を小さくして返す。

シャルティエは物言う剣『ソーディアン』で、その声は主人であるジューダスにしか聞こえないのだ。

だがその直後、さらに呼びかける声が聞こえてきた。

 

「坊ちゃん!」

 

「いいかげんにしろ」と、剣のある位置を睨みつける。

だがシャルティエは『僕は呼んでないですよー』と、どこかひょうひょうとした態度で答えた。

ジューダスは眉をしかめた。では他に誰が自分のことを「坊ちゃん」などと呼ぶのだろうか。

 

「坊ちゃん!」

 

考えている間にも呼ぶ声はどんどん近づいてくる。

怪訝な顔をしながら声の正体を確かめるために振り向くと―――

 

「やっぱり、リオン坊ちゃんだ」

 

――柔らかい笑顔を浮かべた女性が立っていた。

年の頃は20代後半、もしくは30代前半だろうか。よほど急いできたのか、肩で息をしている。

『リオン坊ちゃん』

シャルティエ以外からそう呼ばれるのは18年ぶりだ。恐らくはヒューゴの屋敷の元関係者だろうが――

ジューダスは相手を睨みつけて、言った。

 

「…誰だ貴様は。それに僕は貴様の言う坊ちゃんではない」

 

相手は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたあと、

 

「あー!やっぱり坊ちゃん私のこと覚えてませんね!?」

 

少し…いやかなりずれた答えを返してきた。

声に非難の色が混じっているところからして、どうやら本気で言っているらしい。

さらに睨みつけるも、全く気にした様子も無く女性は少し残念そうな表情でさらに言葉を続ける。

 

「そりゃまあ仕方ないですよね。お屋敷にメイドはたくさんいましたし、あの頃私はまだメイド見習いの小娘でしたし」

「…だから、坊ちゃんではないと言っているだろう!」

「あ、す、すみませんでした坊ちゃま!」

 

またもやずれた受け答え。

しかし、ジューダスにはこれと似たような会話に覚えがあった。

確かあれは、あの戦いの、一年前の出来事だっただろうか。

 

 

『リオン、新しく入ったメイド見習いを紹介しておこう』

 

屋敷内を歩いていると、そうヒューゴに呼び止められた。

ヒューゴの隣にはレンブラントがひかえている。

そしてその後ろから少しサイズの合わないメイド服を着た少女がおずおずと近づいてきた。

 

『は、初めまして、よろしくお願いしますリオン坊ちゃん!』

 

緊張のためか、名も名乗らずにそう言って少女は深深と礼をした。

どう見ても自分より年下のその少女が自分のことを坊ちゃんと呼ぶのは、

レンブラントにそう呼べとでも言われたのだろうか。

 

『坊ちゃんはやめろ』

『あ、す、すみませんでしたリオン坊ちゃま!』

 

忠告すると、すかさず先ほどとあまり変わっていない呼び方が返って来た。

これも緊張のためなのか、それとも地なのか。

 

『それもやめろ。…お前、名は?』

 

完全に失念しているのか、一向に名乗る気配がないので、こちらから尋ねる。

 

『し、失礼しました!私の名前は―――』

 

 

 

そこまで回想して、ようやく目の前の相手の名前が浮かんできた。

 

「…お前、か?」

 

思い当たる名前を出すと、残念そうな表情だった相手の顔はみるみるうちに輝いた。

 

「そうですです!いやー本当にお懐かしいです。かれこれ……そう、あれ以来だから18年ぶりですね」

 

昔を懐かしんでいたの表情が、少し陰りを見せる。

18年前…お互いにあまりいい思い出ばかりではない。

ジューダスはもちろんのことだが、オベロン社が倒産して急に職を失った『メイド見習いの小娘』も、

今に至るまでに色々と苦い思いをしてきたのだろう。

お互いにしばらく黙りこくっていると、沈黙をやぶったのはだった。

 

「とりあえず、市場の真ん中で立ち話もなんなので、そこの公園のベンチにでも座りませんか?」

 

市場から少ししたところにある、町唯一の公園。

子供達は別の場所で遊んでいるのか、今ここには誰もいない。いるのは小鳥ぐらいだろうか。

そんな昼間の公園で、黒づくめの仮面を被った少年とごくごく普通の格好の女性という少し変わった二人組は、

静かにベンチに座っていた。

 

『あーあー、いいんですかー?坊ちゃん』

「どうせ違うと言っても聞かないだろう。相手が悪い」

「そうですよー、変な仮面被ってたってヒラヒラの服着てたってすぐにわかりますから」

『え!?聞こえたの!?』

「お前、今のシャルの声が聞こえたのか?」

「いえ、会話の流れから予想して適当に答えましたが」

 

「当たってましたか?」などと動じた様子もなくさらりと言う。

その姿からはとても18年前のおどおどした少女とは思えない。

 

「……お前、変わったな」

「はい?」

 

先ほど会ってから今までの感想を端的に述べると、は一瞬何のことを言われたのかわからない様子だった。

だがすぐにピンときたらしく、

 

「あー、そうですね。人間30にもなると度胸もついてくるもんですよ。あの頃まだ14でしたし。

 …あ!細かい年齢を計算するのは無しですよ!私だって一応女ですし、

 坊ちゃんだって年齢的には人のこと言えな……」

 

そこまで言いかけて初めては目の前の人物の違和感に気付いたらしく、こうつけ加えた。

 

「……そういえば、坊ちゃん昔とあまり変わってませんね?」

 

18年前の自分を知る人間なら当然の疑問だろう。

ジューダスは自嘲の笑みを浮かべた。

当然だ。僕はもう死んだはずの人間なのだから。

実際にこの18年という年月を過ごしたわけでもない。

アイツに無理矢理起こされただけの―――

 

どんどん深みにはまろうとしていた思考は、の何かを納得したような「あぁ!」という声で打ち消された。

 

「さっすが坊ちゃん!老化現象にも反抗してるんですね!」

 

満面の笑顔でとんでもないことを言う。コイツは僕のことを何だと思っているんだろうか。

だがの自信に満ちた顔を見ていると、何だか笑いが込み上げてくるのを感じた。

 

「あー!そこまで笑うことないじゃないですか!」

 

に背を向けて肩を震わせているジューダスに、から非難の声がかかる。

どうやら本当に本気で言っていたようだ。

少しの間すねている様子のだったが、ジューダスの笑いが落ちついてくると、また次の話題を切り出した。

 

「そういえば、坊ちゃん少し丸くなりました?」

「……そうか?」

「そうですよ!口数も多くなってますし、昔の坊ちゃんならさっきのことだってきっと無反応で素通りです!」

 

本当にコイツは僕のことを何だと思っていたのだろうか。

そのことについて問い詰めたい衝動にかられたが、

の場合本当に事細かに説明されそうなのでやめておくことにした。

 

 

話題も一通り尽きて、が市場で買ったらしいパンを小鳥にまいている様子をジューダスはぼんやりと見つめていた。

こうしているとジューダスの思考は誰にも邪魔をされることなくどんどん深みにはまっていける。

ジューダスは、今までのペースにはぐらかされて今まで聞けなかった…恐らくは一番の疑問を、

にぶつけることにした。

 

「今更だが…」

「はい」

「お前は…何とも思わないのか?リオン・マグナスが18年前にしたことを知っていても」

「何とも思いませんよ」

 

即答だった。

はその答えが至極当然のことであるかのように、小鳥にパンを与え続けている。

ジューダスの不可解そうな視線に気付いたのか、は顔を上げて笑顔でこう続けた。

 

「坊ちゃんとの付き合いは1年にも満たなかったんですけどね、なんとなくわかるんです。

 坊ちゃんは周りで語り継がれているような悪い人じゃありません」

 

ジューダスの視線に少し照れくさくなったのか、はまた顔を伏せて続ける。

 

「坊ちゃんは素直じゃないし、何も言わずに行動してしまうときがあるから、周りから誤解されてもおかしくないです。

 さらにそれがそのまま歴史に残っちゃったりしても、何の違和感もありません

 …って、これ半分くらいマリアン先輩の受け売りなんですけどね」

 

あはは、と笑うに、つられてジューダスも苦笑する。

 

「本当に、お前は僕を何だと思ってるんだ」

「坊ちゃんは坊ちゃんですよ。……ってアレ?坊ちゃん死んでませんでしたっけ?」

 

今更伝記との矛盾点に気付いたのか、物凄いことをさらりと言う。

 

「確かに、リオン・マグナスは死んだことになっているな」

「ですよね…んー、とにかく、ご無事で何よりです。マリアン先輩も心配してましたよ」

「マリアンが…」

「そうだ!マリアン先輩、今ちょうど遊びに来てくれてるんです!マリアン先輩にも会っていかれませんか?

 先輩きっと喜びますよ!」

「……いや、いい」

 

今更どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 

「そんなこと言わずに、マリアン先輩すごーく心配してたんですから!」

「いいと言っているだろう!」

 

思わず声が強い調子になり、手首に添えられたの手を叩き落とす。

 

「あ…」

 

ジューダスの尋常ではない様子にも驚きを隠せなかったのか、呆然とした表情で立ち尽くす。

 

「本当に……いいんだ」

「ごめんなさい、私、出過ぎた真似を……」

 

そう言いかけて、がまた固まった。その視線は市場の方に向けられている。

その口が、ぼんやりと呟いた。

 

「先輩…」

 

ジューダスも市場に目を向ける。

ジューダス達が再会した、あの市場に、確かにマリアンの姿があった。

マリアンの外見には18年という年月を感じさせる変化はあったが、見間違えるはずがなかった。

りんごを手に取り、店の主と世間話でもしているのか、時折笑顔を見せている。

 

「本当に……いいんですか?」

 

市場の方に目を向けながら、が尋ねる。

恐らくこの機会を逃せばもう二度と会うことはできないだろう。

それでも。

 

「ああ。マリアンの笑顔が見られただけでも十分だ」

 

もう二度と見ることはできないと思っていた笑顔。18年前と変わらない暖かさ。

それを見ることができただけでも、本当に十分だった。

 

「本当に、お好きだったんですね」

「なっ……」

 

のあまりに唐突すぎる言葉に絶句するジューダス。

その様子を見たは「やっぱり」と少し得意気に言った。

 

「もう、坊ちゃんったらバ・レ・バ・レですよ!当時思春期の乙女を甘く見ちゃいけません。

 そういうのに敏感なんですからね」

 

マリアン先輩はそういうの鈍かったみたいですけど、とまるで茶化すように言う。

そんなくだらない応酬を続けるうちに、いつのまにかマリアンの姿は見えなくなってきた。

気付けば市場の店も閉まりはじめている。

 

「坊ちゃんは、今も旅を続けられているのですか?」

「ああ」

 

ジューダスがそう答えると、は少し心配そうな表情で続けた。

 

「あまり無理はしないでくださいね?傷を負ったらすぐに手当てしてくださいね?

 ピーマンやにんじんもちゃんと食べないといけませんよ?」

「……あまりシャルと同じようなことは言うな」

「シャルティエもですか?

 私にシャルティエの声は聞こえませんけど、もし聞くことができたらきっと楽しいのでしょうね」

『案外気が合うかもねー』

「…シャル、お前は少し黙ってろ」

「あら、シャルティエは今なんと?」

「お前には――」

 

関係ない、と答えそうになったが、教えるまで問い詰められることは目に見えていた。

 

「……お前と気が合いそうだと言っている」

「まあ、嬉しい」

 

 

「さてさて、すっかり長話しちゃいましたね」

「そうだな」

 

気付けば、もう夕日が沈みかかっていた。

二人がベンチから立ちあがって、別れの挨拶を切り出そうとしていると、遠くから元気な声が聞こえてきた。

 

「おーい、ジューダスー!」

「もうとっくに集合時間すぎてっぞー!」

 

見ると、金髪の少年がこちらに向かって手を振っている。

その隣には銀髪の青年と、栗色の髪をした少女が立っていた。

 

「ジューダス…?」

「今の僕の名だ」

「はぁ、いろいろと大変なんですね、坊ちゃんも」

 

普通ならそんなに簡単には納得しないことなのだが、

先ほどのことといい、はこういうことには無頓着らしい。

 

「あ、そうだ、坊ちゃん今日はこの町に泊まるんですよね?」

「そのつもりだが」

「私、この町の宿屋で働かせてもらってるんです。

 坊ちゃんと坊ちゃんのお友達なら、サービスさせていただきますよ!」

 

 

 

「はい」

「坊ちゃんはやめろと昔から何度も言ってるだろう。それに、もう僕はお前の雇い主じゃない」

 

そこまで聞いて新しい呼び方を考えているだったが、

 

「では、ジューダス。

 お気をつけて。旅の無事をお祈りしております」

 

今回はあっさりと正答に辿り着いたようだった。

 

 

「ジューダス!今のお姉さまは一体誰なんだよ!?」

「昔の知り合いだ」

「昔の…って、いくつなんだよお前は」

「それにこの町の宿屋で働いている」

「よーっし!皆、はりきって宿屋に行くぞー!」

「うわー、ロニってば口説く気満々…」

「懲りない奴だ」

「まあまあ。もうすぐ日も暮れるし、早く宿屋に行きましょう」

 

 

――おまけ――

 

「ジューダス坊ちゃん!お料理、腕によりをかけて作りましたからね!」

「ジューダス……」

「坊ちゃん!?」

『あーあ』

 

そういえば、昔から何度注意しても呼び方だけは直らなかったな…。

そう思い返して、ひとり頭を抱えるジューダスだった。

 

はい、というわけで需要のない坊ちゃん夢でした。

いやーなんというか、例えむくわれないとわかっていてもマリアンのことが好きな坊ちゃんが好きなんですよ私。

ほのぼの&ほんのりギャグを目指したのですが、書いてる途中で

カイル達の冒険が終われば、この再会は無かったことになるんだよな…と意味も無く一人でしんみりしてしまいました。

(平成17年4月15日)